稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

腐った世の中だから社会不適合者でも別に良いんじゃないの?

      2017/09/25

社会不適合者という言葉に対して多くの人がイメージすることは、社会に適合できない人格に問題がある人物という考えが共通していると思う。例えば大人になっても働く意思のないニートや、一般常識を身に着けていない社会人などが挙げられるのだが、このご時世では社会不適合者であることは大きなメリットである。

一般的な常識をわきまえている社会人というのは、学校で教え込まれた教育に対して何の疑問も感じることなく、徹底的に固定観念というものを教え込まれる洗脳教育を受けて常識や他人と同じであるということは賞賛されるという考えがあるために、常識という境界線から外れるということに対して恐怖感を感じるのだ。

確かに常識というのは日常生活を送る上では重要なことであることは間違いはないのだが、日本の常識という固定観念は多くのストレスを生み出す根本的な原因となる要因が多く含まれている。これらは先輩の言うことには絶対服従であったり、模範となる人格像から離れた性格の持ち主は淘汰されるなどがある。

日本はストレス大国である訳であるのだが、ストレスの原因を突き止めると大きな割合でくだらない常識に縛られている人間が多いために、常識を判断基準にして些細なことで叱ったり叱られたりするストレスの要因が増えているということは間違えないものであり、些細な常識に縛られる必要性なんて皆無であろう。

一方で、些細な常識という固定観念を全く気にしない社会不適合者というのは、一般的な常識をわきまえている人からすれば言語道断かもしれないが、常識に疑問を持って他人と同じであるということを嫌う人物は常識という観念が多すぎる腐った世の中を気にしない性格を持った貴重な人物とも言えるのだ。

社会不適合者という言葉は悪いイメージを持たれてしまうのが実情であるのだが、一流企業の起業者などの多くは社会不適合者の塊であり、このような有能な社会不適合者を排除して個性を潰してしまうというのが日本の悪い常識という風潮であり、本来は社会不適合者は優遇すべき人物なのである。

社会不適合者でも別に良いんじゃないの?

 - オピニオン