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現代人は不必要な情報に振り回される情報過多ストレスの脅威

      2018/03/07

多くの人が朝に起床すればテレビを付けて朝食を食べながら朝のニュース番組を見て、様々な物騒なニュースや面白いニュースが次々と目に飛び込んでくる中で様々な意見を持ちながら朝の時間を過ごして、通勤や通学の中では、暇つぶしとしてニュースアプリを開いて様々な情報に触れながら日常を過ごしている。

そして、ニュースを見終わればSNSなどを閲覧して他人の様々な書き込みを見れば、多種多様な意見が交差している書き込みの中で無意識に情報を取り入れて、ネットの中のごく浅い意見を正当な理由という固定観念を持って、自分の個性や意見というものが淘汰されてしまう感情を持ったことはないだろうか。

確かにニュースを見て様々な知識を取り入れるということは悪いことでは決してないのだが、不必要な情報を過大に取り入れるというのは情報過多ストレスという弊害を招きやすい。この情報過多ストレスというのは不必要な情報を取り入れることによって固定観念というストレスが増大するものである。

インターネットが普及するまでの時代には人が一日に取り入れる情報量というのは新聞程度の情報量しか無かった訳であるのだが、現代はスマホで手軽に情報を得られるようになった。しかし一日に莫大な情報を閲覧するということは自分にとって有益な情報だけとは限らず嫌なニュースも強制的に耳に入ってくる。

常に幸せなニュースばかり耳に入ってくれば問題はないのだが、ニュースというのは知りたくもない情報を知ってしまうという特徴がある。そのため無意識のうちに情報を得ることによってストレスを感じてしまうのが情報過多ストレスというものであり、現代人は情報を得る癖を改善させる必要があるのである。

情報過多ストレスの具体例とは?

情報過多による弊害のリスクというものは実際には感じにくいストレスであるため、自分がどのようにして情報に自分の思考を左右されているのか分からない人も多いことだろうと思う。そんな人のために情報を得ることによって私生活に影響のある思考の一例を実際に紹介してみよう。

例えば男性であれば、ファッションについてネットなどで調べたとしよう。その時に自分がおしゃれであると思ったファッションのコーデをネットで検索してみると、このような書き込みがあった。それは「大量生産型ファッションでクソださい」や「陰キャの精一杯努力した服装」という心ない意見である。

このような書き込みというのはネットのごく一部の意見であり、人の大半が思っている常識という訳ではないのだが、恰もそれが大多数の意見であるように捉えてしまって、自分がおしゃれであると思ったファッションを一部の意見による無駄な情報を取り入れることによってかき消されてしまった典型的な例である。

このように情報を無駄に取り入れるというのは自分の思考を左右されてしまうものという側面もあるために、情報を取り入れすぎるというのはお勧めできない訳である。現代人はこのような無駄に情報を取り入れるという選択肢は放棄して、必要な情報しか取り入れない情報のミニマム化を考えるべきなのではないだろか?

情報の取り入れすぎは駄目なんじゃないの?

 - オピニオン