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不幸せの基準というのは他人と比較することで生まれるものだ

      2018/03/23

自分は幸せなのか不幸せなのか考える機会は生きていれば一度は考えたことがあると思うのだが、幸せの基準と不幸せの基準点というのは非常に曖昧で、幸せと感じる人の意見と不幸せに感じる人の意見を比較してもはっきりとした幸せの定義というのは出てこないものである。

そもそも幸せの定義とは自己評価の世界であり、貧乏な生活をしていても自分が幸せだと感じていればそれは幸せであるし、一見すれば何の不自由もない生活をしていて誰もが羨む環境にあったとしても、様々な要因が重なって不幸せと感じる人もいるのも事実である。

これらを考慮すると、幸せと不幸せというものは自身に対しての自己評価と言える訳であるのだが、これらの幸せという自己評価を司る心理というのは自分と他人を比較して自己嫌悪に陥るということであり、様々な固定観念や常識に幸せの基準を当てはめて、幸せか不幸せかの判断しているに過ぎない。

人と比較する癖がある人は不幸せを感じやすい

分かりやすく言えば、人というのは幸せな生活をしているにも関わらずに、更なる幸せを求めすぎて今ある幸せに対して盲目になり過ぎているということだ。特に他人と自分を頻繁に比較する人というのは自身を不幸せと感じる人の割合が多く、逆に自分を持っている人は幸せと感じやすいということである。

世の中の常識としては出来て当然であるということが多くあり、それは学校で良い成績を治めて、良い大学に入って良い内定先を得る。そして社会人として成績を上げて昇格をして、二十代後半には結婚をして家庭を築くという普通と呼ばれる生き方であるのだが、これが不幸せを感じる要因ともなっている。

現状としては幸せであるにも関わらずに、年齢を重ねるごとに多種多様な「出来て当然」という固定観念を周りの重圧によって感じてしまい、それができていないと不幸せと感じてしまうのである。そのためにはしっかりと自分を持つということが大切であり、他人は他人という意識をしっかりと持つことが重要なのだ。

他人と比較するメリットは皆無なんじゃないの?

 - メンタルヘルス