稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

就職祝い?私はなんの才能も無いので社畜ロボットの道を選びました。乙の間違いである。

      2016/01/17

そういえば、なんとなく勉強してよい成績を取れば周りから褒められ、勉強が出来る脳というクズ的なランク付けをされ、社会に適用できない奴は無能だという洗脳を受けていたのは何年前の出来事だろうか。

周りと同じ思考や考え方を共有させられ、少しでも違った考え方を持っていると病院送りだ。教員がこう言う。「最近の子供たちは個性が無い」何を言っているのだ。

そして皆、何も疑問を持たずに日常を過ごしている。それが当たり前のように…これで良いんだ…これで良いんだと自己暗示をかけている間にいつかは大人になるのだ。

そうなった時に気がつくだろう。

えっ勉強だけが全てじゃないの?なんで..今まで築き上げてきたランク付けはどうなるの?自己分析?アピール?私の個性?個性…。将来の夢?パイロット…医者…弁護士…。

面白いことに自分が何者なのか分からないのだ。

小数派という恐怖

中学生の頃から、この教育はおかしい、なぜ他人にランク付けさせられなければならないのか疑問に思っていた青年がいたのだが、中々この話が面白い。

思春期で色々と考える時期である。思うことなんて100や200なんかでは収まらないだろう。他人に時間を縛られる不快感というものをその少年は強く感じていたのだ。

高校は義務教育ではない、辞めようと思えば辞める事が出来る。しかし実際にそのような考えがあっても自分の未来を想像し自主的にやめることの出来る者は極少数だろう。

皆、自信が無いのだ。固定された考えから抜けることは容易いことではない。しかし、自分の将来を真剣に考えれば考えるほど、何の才能も無い自分は会社の奴隷でしか生きていく術が無いことに恐怖と不安を感じるのだ。

その事を考えていた少年は自主的に学校を辞めることにした。これが正解なのか不正解なのかは誰にも分からないが一般社会というルールから強制的に外れたという開放感は凄かっただろう。

学校という無駄な教育を捨て、自分は一体何になるのか、どうしたいのかを考える事のほうが学校教育を学ぶより有意義な時間の過ごし方となると考えたのだ。

そしてこの少年はIT系の事業を起こし始めた。周りが遊んでいる中、人生で一番楽しいとい言われている高校生活、大学生活を放棄して彼は世間に「普通であることの無意味さ」という事を叩きつけたのだ。

普通に縛られるつまらなさ

上で説明した少年も世間に合わせたくないと「普通」を拒否した社会不適合者だろう。私が何を言いたいのかというと、「普通に合わせすぎて普通に倒されるな」ということだ。

皆、普通であることにこだわり過ぎているのだ。今見ている人の中には就職活動が上手くいかなくて悩んでいる人もいるだろう。

なぜ悩んでいるのだ?普通に縛られていないか?これから何年も身を捧げる組織に属するのに1~2年で決めろというのがそもそもおかしいのだ。

どこの国かは忘れたが、高校を卒業すると1年間自分が何をしたいのか考える期間が与えられるらしい。その期間中に世界を旅行したり何になりたいのか考えるという。

そのような柔軟な考えを持っても良いのではないだろうか?自分のやりたいこともはっきり分からず、流れで納得いかないところに就職したのに就職祝い?私はなんの才能も無いので社畜ロボットの道を選びました。乙の間違いである。

 - オピニオン