稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

働くよりニートである状況の方が100%辛い

      2016/01/17

悩めるニート

誰しもが一度は学校や仕事に行かずに自由気ままに暮らしたいと願ったことは一度はあることだと思う。しかし、学校や仕事にいい行かない状況というのはニート同然であり、とてもストレスが溜まるという事実を私の実体験から言わせて欲しい。

まず私は15歳から20歳までの5年間ずっと家に引きこもったニート生活を続けてきた、ここで想像できるのが、家に居て自由気ままに生活をしているという典型的な考え方は間違っているということだ。

ニートという生活は働くより絶対にストレスが溜まる。それは将来の不安であったり、世間体であったり、同級生の様々な人生の好転などによる心理的ストレスが大部分を占めている。このニートであるというストレスは会社員とは比べ物にならないぐらい常にストレスに晒されるのだ。

会社員のストレスは一時的なものである

会社員が日常で感じるストレスは基本的には仕事上のみのストレスであるために、そこまで心理的圧迫感は無いものなのだが、ニートという特殊な人種のストレスは常に将来に対しての不安などを考えれば永遠と続く無限ループを得なければいけないストレスなのだ。

私は5年間ほどニート生活を送ってきたのだが、この将来に対してのストレスに関しては現在会社員であるストレスと非にならないくらい強いストレスだと思っている。そのため身内などにニートという特殊な生き方をしている人がいたとしても、その生活を責めるのではなく、ニートという生き方を尊重してあげるべきなのだ。

ニート生活のほうが会社員生活以上にストレスを抱え易い

会社員だった場合の一日のスケジュールを例として取り上げてみよう、きっと朝起きて朝の支度をして家を出て、会社に向かい嫌だ嫌だと思いながらも何となく一日が充実している達成感を得られる。

しかし、ニートという生活は、朝起きてまず何もすることがないために今日の一日のプランを考えてみるが、時計の針が進むのみで一向に達成感を得ることなく一日が終了していく。

このニート生活を長く体験したことの無い人には分からないと思うが、人はある程度の休みを得て自由を得てしまうと、自分が何をしたいのかが分からなくなっていく。

そのために、田舎の定年を過ぎたおじいさん、おばあさんはい会社務めをしていた時には興味の無かった田んぼや畑に興味を持ち出すのだ、そして稲作にも興味が尽きると次は人の愛情を求めるようになる。そう孫という存在だ。

おじいちゃん、おばあちゃんは人生の大半が終了してしまっているため、ニートと同じように自分が何をしたいのかがわからなくなるのだ。そうすると孫という希望を生きる糧として余生を過ごすようになるのだ。

余生を過ごしているお年寄りとニートの気持ちは同じ

お年寄りの場合は、人生をリタイアしたという達成感があるため、自己嫌悪することなく人生を謳歌できるが、ニートの場合はまだまだ余生があるためこの将来のストレスはとても大きい。

これまで紹介してきたようにニートというのは何もする事がないというストレスと、これからの余生をどのように生きるのかという膨大なストレスと戦っていかなければいけないのだ。さぁがんばれニート達よ。

 - オピニオン