稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

国語の通知表が1だった私でも月間4万PV以上のブログを運営できています

      2015/11/10

国語の成績

私は学校という空間や仕組みが大の苦手だ。決まった時間に興味の無い知識を身につけ、個人の能力を総合的に人が評価をするというシステムは子供の能力を著しく下げると考えているからだ。

私はこの学校という空間の中で評価された通知表という評価上では、全く勉強ができない将来何の活躍もせずに底辺の人生を歩んでいくのだろうという評価を常にされてきた。

そう、私の中学校での教科の成績は殆どが2か1で埋め尽くされていたのだ。この数字での評価をされることによって子供たちは自らの個性を生かす場を奪われ、他人と自分を評価する人格形成がされる。

あぁ、なんて学校とはつまらない場なんだろうか。国語でオール5を取っていた山田君は今何をしているのだろうか。きっと学校で学んだ事を生かせずに日常生活を悶々を過ごしていることだろう。

私は国語の成績はオール1に等しい成績だったが、現在はそんな成績など関係なく、自分で好きな事を文章にしてネットで公開している。国語の成績がオール1だった私が月間4万PV以上の文章で構成されているブログを書いているなんて面白いと思わないかい。

ブログ運営に必要なことは文章力ではない

前置きが何だか長くなってしまったが、私の中学の頃の国語の成績はオール1に等しい成績だった。しかし、現在はこうしてブログを書く事で全国のネットユーザに自分の書いた文章を閲覧してもらえている。

この事からいえるのは、ブログに必要なものは学校で評価された国語力などではなく、自分の意思や感じたことを躊躇なく文章にしてネットという場に公開できるメンタルと続ける努力であると私は感じる。

特に学校という場では、勉強が出来るが出来ないかという薄っぺらい判断のみで、その人の能力を判断しようとする風潮がある。想像して欲しいのだが、勉強が出来る人より出来ない人の方が、同じ同級生という関係でも上下関係が出来ていたはずだ。

しかし、そんな評価は社会に出れば何にも関係はなく、全ては自分の能力の実力主義であるように、ブログ運営も文章力など無くても続ける意思と努力があれば多くの人にオール1の文章を見てもらうことができるのだ。これがブログの最も大きな醍醐味だと感じる。

新しい趣味を見つけたいのならブログを強くオススメする

ブログは基本的に文章で構成されているため、学生時代に読書感想文などの長文を書くという事が苦手だった人にとってはブログ記事の執筆は最初は苦痛かもしれない。

私もこのブログを始めた頃は、1000文字という文字数を書くために2時間も費やしたこともあったし、文法的にも可笑しな点も多くあったが、現在はブログ記事を書く事が快感と感じるようになった。

これはクリアの無いゲームや完成しないプラモデルと感覚が似ていて、自分が飽きない限りはずっと続けることができる趣味としてブログは打ってつけの娯楽であると私は感じる。

そのため、お金があまり必要なくて、尚且つ、自分の成長へと繋げるための趣味を探しているのなら、私は強くブログというエンターテイメントをオススメしたいと思う。根気良く、そして楽しくブログを運営すればきっと多くの人に見てもらえるブログへと育つはずである。

 - ブログ運営