稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

ニートから会社員へと転身を得て分かった「社畜は損である生き方である」ということ

      2016/02/05

電車通勤

私は高校を中退してから5年あまり、引きこもりニート生活を送っていた。しかし、ちょっとした転機で就職という道を選んだのだがこれが自分が想像していた以上に期待はずれなものだった。

まず、社畜が良く口にする「引きこもりニートは毎日同じ生活をしていて楽しいの?」という言葉なのだが、これはニートであろうが会社員であろうが結論から言えば生活の充実感という面においては全く大差がない。

ニートは一日中遊んで親のスネをかじって生活して、基本的な生活スタイルは「起きて、食べて、寝る」くらいのものだという認識が世間一般的に流れているが、そんな典型的なニートは実は存在しない。

本当のニートというのは社畜のサラリーマンより充実した生活を送っており、外出して平日の誰も居ない喫茶店などでコーヒーを飲んだりして優雅に生活をしているものだ。

私もニートだった頃には、週に3日のペースで昼食を食べに回転寿司にちょくちょく通っていた。ニートという生活は社畜などよりよっぽど優雅な生活を送ることができ、将来の不安という面を除けばとても快適な生活だったのだ。それが社畜となった今はどうだろう?それは想像通りのクソみたいな生活だ。

社畜の2大デメリット

正社員という響きは世間一般的には良い響きかもしれないが、正社員というのは自分の時間を犠牲にして紙切れを貰う家畜同様の存在である。ここでこのような社畜である2大デメリットを改めて紹介したい。

自由時間が大幅に減る

ニートであれば自分の好きな時間に起きて、自分の好きなことをして日常生活を送っていれば良かったのだが、社畜となってしまうとこの自由時間が大幅に制限されてしまう。私は賃金という紙切れよりも自分の自由時間を尊重したいため、これは大きなデメリットである。

面倒なことだらけ

私は自分のことを立派な社会人だとは思っていない。できれば仕事という労働はしたくないし、面倒な人付き合いも一切したくない。これは多くの社畜には共感してもらえるだろう。

社畜はお金と引き換えに毎日同じことの繰り返し

ニートであった頃は自分の時間は好きなように使え、好きなことをするという権限があったのだが、社畜となってしまうとこのような自由時間は大幅に減ってしまう。社畜は働いた労働時間に対して賃金という紙切れが支払われるというという事を引き換えに、人生の貴重な時間を犠牲にしてしまっている。たかが紙切れのために。

この賃金という紙切れのために約40年も同じ日々の繰り返しというのは本当に社畜という生き方に対して疑問を持たざる終えない。ここで「お金のために仕方なく社畜として働いているんだ」という意見もあるかもしれないが、社畜にならずともお金を稼ぐ方法は今の世の中では多く浸透してきている。

それはフリーランスやノマドワーカーと言うような組織に属さなく自分の好きな時に仕事をして、好きな時に遊べるという働き方だ。現在の「会社に属さない仕事は無職」と同じであるという考え方は今や時代遅れの思考であり、これからの気軽に生きる社会を作っていく上では欠かせないワークスタイルである。家で仕事が出来てニート生活も堪能できるノマドワーカーは会社員となった今だからこそ言える最高の仕事であると感じる。

稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

 - オピニオン