稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

生きている事が辛いなら別に死ねば良いんじゃないの?

      2016/02/17

枯れた彼岸花

一般的な常識の範囲では自ら命を絶ってしまうと言う行為は愚かな行為であり、周りの人に迷惑をかけてしまうという考えが浸透しており、自ら命を絶ってしまうのは躊躇する願望者も多いと思う。

でもね、人って生きていると必ず「死」というものを意識している。それは何のために生きているのか分からないという考えから、日常生活で難点が生まれて「死」を考える事まで様々ある。

皆も一度は「あぁ死にてぇ」と考えた事はあるだろう。それほど日常生活はめんどくさいものなのだ。はっきり申し上げると世の中は面倒くさいことが99%を占めており、楽しさというのは1%しかない。

死について考えることはタブー視されているが実際は良く考える必要のある重要な論点なのだ。そしてこんな腐った世の中だからこそ改めて「死」について考えてみたいと思う。

長生きに意味は全く無い

私、ナカニシユウヤは長生きという考えについて否定的な感情を持っている。せっかく生きているなら長生きをして人生を楽しみたいというポジティブな考えはどうも受け付けられないのだ。長生きは面倒なことの繰り返しであり楽しいことなんて一切ない。私は生きていて楽しいと感じたことがあまり無いのだ。

そして長生きをするとその分、人生の負担というものがとても大きくなる。若い頃にはバリバリ体が動かせても年を重ねれば体にボロが必ず出てきて最終的には苦しみながら命を全うする。このように考えると世間一般的な考えの「長生き」というメリットは本当に無駄な考えであるとしか言いようが無い。

このような年を重ねて長生きをして寿命を全うするくらいなら私は若いうちに寿命を全うしてしまいたいと常に考えている。しかしこれは自ら命を絶ってしまうという考えではなく、自然の流れで寿命を全うすると言う意味であり決してそのような願望があるという訳ではない。

死を選択するのも自由である

海外では自ら命を絶つと言う事に対して安楽死という制度を導入している国も存在している。せっかく生まれたのだがら命を全うするまで生きるべきという考えは古臭く個人の意思を尊重していない。言い換えれば、自ら死を選択するのも個人の自由であり、だれにも咎められる必要性のないものなのだ。

そのため、私は別に自ら命を絶つということについて何ら否定的な感情を持たない。私の知っている人でも自ら死を選択した人もいるが、それは説明した通り、個人の人生の選択肢の一つなのだ。今の世の中はこのような選択をする人を否定する人が多くいるが、それは余計なお世話であるとしか言いようが無いだろう。

死にたいなら別に死ねば良いんじゃないの?

 - メンタルヘルス