稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

私は人間が作り出した汚い造作物には一切興味がない

      2016/02/23

消滅都市

人が何かを欲しいと思う場合の代表的なものと言えば、車であったり家であったり、高機能なパソコンであったり、その殆どが人間が作り出した「物」に物欲が支配されている。

しかし、私はこのような人間が作り出した造作物には一切興味がない。私のような性格の人間を今流行りの言葉で表すと「ミニマリスト」と呼ぶらしいが私はそれに分類されるのかもしれない。

しかし私はミニマリストの考えと大きく違うのが、人が人工的に作ったものに全く興味がないということだ。車、時計、高機能パソコン…これらは本当に私にとって必要ない。

そもそも、なぜ私が人間が作り出した造作物に興味が一切無いのかというと、人間が作り出した製品というのは汚いという言葉に尽きるためだ。よく分からない人にもう少し噛み砕いて説明しよう。

人間が作り出す造作物が汚い決定的な理由

人間が作り出す「物」は全て醜いものである

今の世の中は便利なもので埋め尽くされている。車にしても高機能だし、家電にしても本当に役に立つのか分からない機能で埋め尽くされている。これは本当にくだらない。

このような物は一見すると、私達の生活に役立っているように感じと思うがそれは大きな間違いである。人間が物を作り出すと言う事は環境を破壊し、役目を終えたらゴミとなり地球を汚染する。

私達が今使っているパソコンや家電、車などの最期は全てゴミという名の環境汚染の原因になるのだ。そのことを鑑みず、人間の利便性のみを重視した製品などに私は一切興味はないのだ。

人が作っている時点で私はその物に興味は一切なくなる

私は第一に人間が大嫌いである。私を知っている人であれば驚くかもしれないがあなたに向けたその笑顔は全て建前なのだ。私は心の底では人間はゴミだと常に思っている。

このようなゴミ人間が作った新製品や物など私にとっては、他の人がどんなに素晴らしい製品であろうがゴミクズ同然に思えてしまうのだ「良い製品でも所詮ゴミ人間が作ったんでしょ?」と言う具合に。

そのためどのような良い商品であっても私は人間が作った物に興味は一切示さない。完璧主義者な私にとって人間が作るものは不正確なものであり、完璧な物など無いためである。

人工物に囲まれた都会暮らしとか本当に可哀想

人工物の塊に囲まれた都会暮らしというのは、田舎最高主義の私にとっては全くメリットを感じない。都会は人工的に作られたクソみたいな環境が整っており人が住む場所ではない。

私にとって東京などの大都市は動物園と同じ感覚なのである。東京タワーから眺めた人ごみや、スカイツリーから見えるゴミ鉄ビルの景色などの全てが一つのテーマパークなのだ。

その作られたテーマパークの中で暮らしている動物というのは田舎者を馬鹿にする風潮があるが、実際は逆である。多くの田舎者は東京を見て「人が住むところではない」とあざ笑っている。

満員電車、会社に縛られたサラリーマン、高い家賃でボロいアパートに住んでいる住人。これらを見て幸福度No.1の福井県の田舎育ちの私から言わせれば、都会暮らしの人間は受刑者なの?と言いたい。

人の作った造作物に依存しなくて良いんじゃないの?

 - オピニオン