稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

高校生活が楽しくなく退学を考えているボッチ学生へ送る言葉

      2016/02/27

学校生活に嫌気を差している学生

中学を卒業して高校という学びの場に希望を持って入学したものの、実際の高校生活は自分が想像していた以上につまらない場所であったという現実を感じる高校生は結構いるのではないだろうか。

私も高校生時代はその中の一人であり、高校生活をほどつまらない物はなかった。まず友人は誰一人としていなかったためボッチであったし、勉強も出来なかったため殆どの教科が赤点であった。

そして出席日数も足りず、留年という選択と退学という選択を選ぶことになった。そのため私はこの高校生活に区切りを付け、高校を自主退学して中卒でどのように人生が変わるのかチャレンジしてみたのだ。

その結果、高校を退学して大正解であったと今になって感じることが多くあった。この記事ではこのような高校生活が楽しくなく退学を考えている学生に向けて経験者からのアドバイスをしたいと思う。

別に高校なんて辞めても良いんじゃないの?

私は高校を辞めて大正解であったと今になって感じる。高校という場は「将来の進学のため」を言い訳とした踏み台に過ぎず、自分が本当に進みたい道があれば高校は退学しても構わないのだ。

私は普通に高校に通っていれば直ぐに就職という道を選んでいたと思うが、私は高校中退のニートでどのように人生が変わるのか挑戦したくなり退学という道を選んだ。

その結果、一般的な学生という道を進んでいたら得られない貴重な経験を多く体験することができた。それは膨大な自分の時間を得てこれからの将来をどのように進んでいくのか考える時間を作れたという事だ。

一般的な社会の考えでは、高校を中退してニートになってしまうと「社会不適合者」のレッテルを貼られてしまう風潮があるが、今の日本の教育では自分の時間を尊重するという教育十分にされていない。

これは云わば、社会に束縛されて自分のこれからの人生も全て学校という他人任せで決めてしまうという自分の意思が尊重されない根本的な原因となってしまうものなのだ。

自分の道は自分で切り開く重要性

一般的な考えでは高校中退や中卒というのは、大卒や高卒に比べて劣った人間という印象を持たれてしまうが、実際はその逆である。高校を自主退学をした人は自分の将来は自分で決めるという自意識が高い人が多いのだ。

逆に高校や大学を優等生として卒業した人というのは圧倒的に自分の意思で物事を考えるという能力に欠けている。それは学校というレールに沿って日々を過ごせば「秀才」と呼ばれ、現状に満足してしまうためである。

そうして一般的な高学歴と呼ばれる社会人となった人物というのは会社では役に立たない傾向にある。それは今まで学校の教育というレールに沿って過ごせば秀才と呼ばれたのに、いざ社会に出ると様々な勉強以外の問題に直面しなければいけないためだ。対人関係、電話対応、クレーム処理…。

そう、理想と現実のギャップが大きすぎるために「この会社では自分の能力を発揮できない」と社会に責任を擦り付けてしまう。こうした高学歴な人物が転々と会社を辞め、鬱病になり最終的には高学歴ニートと呼ばれる存在になってしまうのだ。今の学校教育ではこのような難点を抱えている。

高校生活に無意味さを感じるなら自主退学を私は勧める

私と同じ「高校生活」という一般的なレールに沿って生活して、嫌々就職を決めるということに疑問を持っている学生は自主退学という選択肢を私はオススメする。確かに高校を退学することで人生は上手く進まないことが多いかもしれないが、それ以上に得られるものというのは本当に大きい。

自分で考える能力、将来を選択する能力など全て自分で考え選ばなければいけないのだ。私も高校を辞めた当初は、将来に対してそのように進むのか?という疑問と不安を抱えていたのも実情だが、人生というのは何が起こるのかわからない。高校を自主退学して自分の将来は自分で考えたいという学生は参考にして欲しい。

高校なんて辞めても良いんじゃないの?

 - オピニオン