稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

努力をしない不真面目な生き方でも良いんじゃないの?

      2016/09/07

適当なビジネスマン

私たちは学生時代から努力は買ってでもしなさいと教え込まれているため、人生において努力をするということが当たり前であるという認識を持っている人がとても多いが、実際のところ努力というものは報われない場合が殆どであり、努力をする必要性など全くないのだ。

例えば、一生懸命努力をして受験勉強や資格の勉強に勤しんでも不合格となる場合があるように、人生というのは基本的に努力という概念より、運である場合が多いのだ。この事が理解できていない人は自分は一生懸命に努力したのに報われないという自尊心の欠落に陥ることになる。

このような一生懸命に努力をして結果を出せなかった人は、全てにおいてやる気を無くしてしまい、挙句の果てにはうつ病になってしまう可能性が高いのが現状である。一方、努力をするという概念を捨てて適当に不真面目に生きている人というのは、以外かもしれないが、幸せな人生を歩んでいる。

努力なんてする必要性なんてない

冒頭でも説明したが、努力というのは報われない場合が殆どであり、努力をしなくても死にはしないのである。特に几帳面で真面目な人は努力をすることが正義であるように振る舞っているが、一生懸命努力をしても全ては運である場合が殆どであり、努力というのは無駄な作業なのである。

仕事などで真面目に取り組んでいる人はこの努力ということに対して、人一倍敏感であり、少しの失敗で自尊心の欠落を余儀なくされてしまう。一方、仕事に対して不真面目に取り組んでいる人というのは努力をしない不真面目人間であるため、例え会社のトラブルに対しても「そんなもんだろう」という楽観主義なのだ。

今の日本というのはうつ病という病に頭を悩ませている人がとても多い。これは学生時代から真面目に生きなさいと洗脳されてるためだ。しかし、このような真面目に生きるという概念を捨てて、不真面目に生きていくとうつ病になる確率というのは各段に減る傾向にある。そのため努力は正義という概念は捨てるべきである。

適当こそが正義である

真面目な人は適当に人生を歩むということに疑問を感じて、真面目に生きるということに疲れてしまっている人も多いことだろう。そのような人は真面目に生きるという概念を捨てて、何もかも運に任せて適当に生きるということを意識して日常生活を送ってほしいと思う。

人間というのは一秒先も予想はできないものであり、将来に対して不安を抱える必要性なんてないのだ。そのため真面目に生きるということに疲れてしまった人は人の目線など気にせずに、適当に人生を歩むという事を意識して日常生活を送ってほしい。そうすれば毎日の精神面が楽になること間違いなしである。

何度も言うが、人生は真面目に生きては損でしかないのだ。そのため努力や真面目に生きるという概念を捨てて適当に生きるという事を心がけるということが何よりも重要なことなのである。几帳面で真面目に生きるということに疑問を感じたなら、このような不真面目で適当に人生を歩むという事を意識して欲しい。

人生なんて適当で良いんじゃないの?

 - メンタルヘルス