稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

ニートになりたい社畜は毎日予定がある事の幸せを知るべきだ

      2016/11/06

予定を書き込む

学校を卒業して、会社に勤めて自由な時間というものを経験したことの無い人達というのは、一度で良いから毎日自由気ままな時間を過ごしてみたいと考えたことは皆一度はあるだろう。しかし、社会のレールから外れてしまえばそれはニートと呼ばれる存在となり、社会的に淘汰されてしまう。

社会的に拘束されてしまう学生や会社員などは、ニートという自由気ままな時間を送っている存在に対して、怠け者という感情の裏腹に羨ましいという感情を持っている。しかし、ニートという存在は精神的なストレスの面から言うと会社員より辛い立場であるということを知るべきである。

私は高校という無意味な教育に嫌気をさして、高校を中退して5年程度ニート生活を送っていたのだが、5年間もニートという生活をしていると、毎日が本当に精神的に疲れてしまうのである。それは将来に対してのストレスや世間体を気にすること、そして尚且つ毎日予定が無いというストレスがかなり大きかった。

毎日予定が埋め尽くされている学生や会社員というのは、日々予定に追われて疲れてしまうかもしれないが、毎日予定が無いという生活の方が圧倒的にストレスの度合いから言うと大きい。毎日毎日が同じ事の繰り返しであり、そして将来が見えないという恐怖に押しつぶされるのだ。

そのため、毎日が予定で埋め尽くされていて、自由な時間を追い求めてニートになりたいという願望がある人は、毎日が予定で埋め尽くされているという幸せに気が付くべきであり、予定を作ってくれる社会に対して感謝をすべきなのである。ニートという存在は決して自由な存在ではないのだ。

ニートは自由人ではないんじゃないの?

 - オピニオン