稼げりゃニートでも良いんじゃないの?

頭が悪い人というのは勉強のみを基準として判断してはいけない

      2016/12/19

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多くの人は小中高生と成長の段階を踏むにつれて、勉強という教育で頭の良し悪しを判断され、勉強が出来る人というのは他人から優遇され、逆に勉強が出来ない人というのは他人から見下される傾向にある。だが頭の良し悪しというのは社会が決めつけた勉強という基準で判断しても良いのだろうか?

大抵の場合は、社会人になっても学校で勉強ができなかったという固定観念を持ち、自己の自信喪失に繋げてしまうのだが、このような学校で決められた教育に従って他人から点数という評価をされる事に対して「自分は頭が悪い」と決めつけるのは断固として間違っていると断言しよう。

まず、学校という場は生徒に対して無駄な知識を問い、各個人の個性を生かした教育というものが一切されておらず、学校内での評価の基準は勉強のみとなる。ここで頭の良い人と頭の悪い人という生徒が早期に決めつけられ、勉強が出来ない生徒は馬鹿にされ他人から見下される。

しかし、このような勉強だけで頭の良し悪しを決めつけてしまうというのは学校教育という無駄なことしか教えない教育方針の無能さが露骨に表れている。勉強が出来ない人というのは頭が悪い訳ではなく、勉強に対して興味が基本的に無いという理由が第一に考えられ、決して頭が悪い訳ではないのだ。

学生時代を思い出して欲しいのだが、頭が悪い生徒というのは勉強以外では突発的な才能を見せる人はいなかっただろうか?例えばゲームに関しては誰にも負けない。生物の知識に関しては誰にも負けない。国語はできないのに口達者な人など、勉強ができない人程このような才能がある場合が多いのである。

それは、物事に対しての興味の有無が深く関わっており、人は興味があることに関しては絶対的な記憶をするのである。今の日本教育では勉強のみに焦点を当てて、頭の良し悪しを判断するが、学校が決めた義務教育だけが頭の良し悪しを判断する材料ではないということを理解して欲しいと思う。

頭の悪い人なんて存在しないんじゃないの?

 - オピニオン